曲目解説【5/21 室内楽コンサート】 第23回別府アルゲリッチ音楽祭
F. シューベルト: 弦楽五重奏曲 ハ長調 op.163 D956
1.Allegro ma non troppo
2.Adagio
3.Scherzo:Presto
4.Allegretto
この作品はフランツ・ペーター・シューベルト(1797-1828)が死のわずか2カ月前の1828年9月に作曲した傑作である。彼は1824年から1826年にかけて弦楽四重奏曲の大作(第13~15番)を生み出したが、この弦楽五重奏曲はそれらのスタイルを受け継ぎつつ、いっそう幅のある響きを求めて楽器をひとつ増やすことで、さらに大きなスケールのうちに深遠なロマン的精神を表現したものとなっている。特にヴィオラでなくチェロを2つとした点に彼が重厚な響きの広がりを意図したことが窺える。後期の彼は室内楽の創作を「交響曲への道」と考えていたが、実際この作品のシンフォニックな壮大さはそうした方向を指し示すものといえるだろう。
第1楽章(アレグロ・マ・ノン・トロッポ)はロマン的な深遠な広がりを感じさせる規模の大きなソナタ形式楽章。第2楽章(アダージョ)は深い情感を湛えた緩徐楽章。悲しげな主題を持つ中間部は次第に悲劇的な高まりを見せる。第3楽章(スケルツォ:プレスト)はシンフォニックな力強さを持つスケルツォと瞑想的なトリオからなる。第4楽章(アレグレット)は、いわゆる“ハンガリー風”の主題を中心としたロンド・ソナタ風の生き生きしたフィナーレである。
D. ショスタコーヴィッチ:ピアノ五重奏曲 ト短調 op.57
1.Prelude:Lento
2.Fugue:Adagio
3.Scherzo:Allegretto
4.Intermezzo:Lento
5.Finale:Allegretto
旧ソ連で活動した大作曲家ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906-1975)は、国の芸術方針(社会主義リアリズム)と芸術家としての自らの信念との挾間で苦悩しながら創作活動を行なった。1940年に書かれたこのピアノ五重奏曲も、外見上は社会主義リアリズムに則ったような明快さを持っているが(そのためもあって1941年の第1回スターリン賞を受賞している)、一方でその中に深い思索性、シニカルな厳しさ、暖かみある叙情などが交錯し、そこに彼の様々な思いが込められているかのようだ。対位法的な書法が活用されている点も注目される。
全体は5楽章構成。第1楽章(前奏曲:レント~ポーコ・ピウ・モッソ)は重厚な主部に対し、軽快な中間部が対照される。そのまま楽章間の休みなしに続けられる第2楽章(フーガ:アダージョ)はゆっくりしたテンポによったフーガで、厳粛な気分のうちに発展する。第3楽章(スケルツォ:アレグレット)は明るい動きに満ちたスケルツォ楽章。第4楽章(インテルメッゾ:レント)はカンタービレに満ちた叙情的な楽章で、曲はそのまま休みなく第5楽章(フィナーレ:アレグレット)に入り、軽妙な主題を中心に生き生きとロンド風に発展、最後は意味ありげな軽やかさで全曲が締めくくられる。
文:寺西基之