曲目解説【5/22 音楽は人を結ぶ~共鳴】 第24回別府アルゲリッチ音楽祭

L.v.ベートーヴェン:ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのためのセレナーデ ニ長調 op.8 より
 1. マルチア
 4. アレグレット・アッラ・ポラッカ
 5. テーマ・コン・ヴァリアツィオーニ
 6. マルチア

 1792年にハイドンに師事するために故郷ボンからウィーンに移住した青年ベートーヴェンは、音楽家として認められるために貴族社会に積極的に出入りした。この時期の彼がディヴェルティメントやセレナーデといった当時の貴族が好んでいた社交音楽的なジャンルを多く手掛けているのもそうした状況を背景としている。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという弦楽トリオの編成によったこのセレナーデもそうした時期の所産で、1797年秋に出版されている。多楽章構成や、両端楽章が同一のマルチアすなわち行進曲(入退場の音楽)である点など、いかにも18世紀のセレナーデのスタイルを踏襲した外観を持っており、音楽自体も気楽に楽しめるものとなっているが、その中にも主題の扱いや形式などに様々な新しい試みがなされており、そうした創意工夫が作品に清新な魅力をもたらしている点がベートーヴェンらしい。
 本日は抜粋によって取り上げられる。まず当時のセレナーデの慣習として冒頭に置かれたマルチアで始まって、活気に満ちたアレグレット・アッラ・ポラッカの舞曲楽章が演奏された後、アンダンテ・クワジ・アレグレットの優美な主題による変奏曲楽章が奏され、最後は冒頭のマルチアの再現で閉じられる。

L.v.ベートーヴェン:ピアノ四重奏曲 第3番 ハ長調 WoO36-3
 1. アレグロ・ヴィヴァーチェ
 2. アダージョ・コン・エスプレッシオーネ
 3. ロンド、アレグロ

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)は少年期から作曲を手掛けてその才を明らかにしている。その彼の現存する最初の室内楽曲が14歳の時に書かれた3曲セットのピアノ(自筆譜によればチェンバロ)四重奏曲WoO36である。これら3曲はいまだモーツァルトや当時のマンハイム楽派などの影響を窺わせる一方、そこに独自の創意工夫を意図している点に早くもベートーヴェンらしさが現れている。そのうちの第3番ハ長調(初版による番号。最近の新全集版楽譜では自筆譜に従って第1番)にしても、当時のこのジャンルの様式に従ってピアノを中心とした書法になっているが、第2楽章以降は弦楽器にも重要な役割を与えるなど、従来の様式を超えようという若き彼のチャレンジ精神が見てとれる。
第1楽章(アレグロ・ヴィヴァーチェ)は多様な楽想が現れるソナタ形式で、第2主題も長調の楽想の後、短調の楽想(のちにピアノ・ソナタ第3番の第1楽章に転用された楽想)が出現する。第2楽章(アダージョ・コン・エスプレッシオーネ)は表情豊かな緩徐楽章で、その主要主題はのちにピアノ・ソナタ第1番の第2楽章の主題に用いられている。第3楽章(アレグロ)は軽快なロンド・フィナーレである。

F.シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 D574 “グラン・デュオ” 
 1. アレグロ・モデラート
 2. スケルツォ、プレスト
 3. アンダンティーノ
 4. アレグロ・ヴィヴァーチェ

 ウィーンの作曲家フランツ・シューベルト(1797-1828)はヴァイオリンとピアノの二重奏作品を幾つか残している。そのうちのひとつであるこのイ長調ソナタは1817年の所産。前年に書かれた3つの小さなヴァイオリン・ソナタ(一般にソナチネと呼ばれる)に比べ、このソナタは構成的にも内容的にも一層の充実ぶりと新しい創意を示しており、より本格的なソナタを追求しようとするシューベルトの姿勢を窺わせている。とりわけ楽想の多彩さ、和声表現や転調の生み出すデリケートな表情の変化などに、彼らしいロマン的美質が発揮されており、さらに2つの楽器の密な絡み合いも図られている。なお出版は生前になされず、彼の死後20年以上もたった1851年になされた。
 第1楽章(アレグロ・モデラート)はソナタ形式で、叙情美を湛えた楽想がシューベルトらしい。第2楽章(スケルツォ、プレスト)は快活で諧謔的なスケルツォ。メロディアスなトリオが対照される。第3楽章(アンダンティーノ)はロンド風の形式のうちに簡素な主題が変奏される緩徐楽章で、和声の変化や転調がデリケートな表情を作り出す。第4楽章(アレグロ・ヴィヴァーチェ)は明朗なソナタ形式のフィナーレで、第1主題は第2楽章の主題と関連する。

M.ヴァインベルク:ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ト短調 op.53
 1. アンダンテ・コン・モート
 2. アレグロ・モルト
 3. アレグロ・モデラート
 4. アレグロ~アンダンテ~アレグレット

 ミェチスワフ・ヴァインベルク(1919-96)はワルシャワ生れのユダヤ系ポーランド人作曲家である。ワルシャワ音楽院で学んだが、ナチスのポーランド侵攻でソ連に亡命して作曲家として活動、ショスタコーヴィチと親交を結び、彼から大きな影響を受けることとなった。しかし戦後スターリンの反ユダヤ政策で迫害を受け、1953年には逮捕されて2か月余り監獄にぶちこまれ、同年スターリンの死去をきっかけに釈放されるなど、政治に翻弄されながら信念をもって活動を続けた作曲家だった。このヴァイオリン・ソナタ第5番は1953年釈放後に完成された曲で、苦難時にも彼を支えてくれたショスタコーヴィチに捧げられている。
第1楽章(アンダンテ・コン・モート)は悲しみを湛えた楽章で、民謡風の哀愁的な主題を持つ。第2楽章(アレグロ・モルト)は不安な動きに駆られるように発展するダイナミックな悲劇的楽章。第3楽章(アレグロ・モデラート)はショスタコーヴィチにも通じるようなシニカルなスケルツォ。第4楽章(アレグロ~アンダンテ~アレグレット)は模糊とした動きに始まり、重々しい楽想や民謡風の主題、ピアノだけで始まるフガートなど多様な発展をみせ、最後は静かに締めくくられる。

文:寺西基之