曲目解説【5/19 アルゲリッチ&クレーメル】 第24回別府アルゲリッチ音楽祭

F.シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 D574 “グラン・デュオ” 
 1. アレグロ・モデラート
 2. スケルツォ、プレスト
 3. アンダンティーノ
 4. アレグロ・ヴィヴァーチェ

 ウィーンの作曲家フランツ・シューベルト(1797-1828)はヴァイオリンとピアノの二重奏作品を幾つか残している。そのうちのひとつであるこのイ長調ソナタは1817年の所産。前年に書かれた3つの小さなヴァイオリン・ソナタ(一般にソナチネと呼ばれる)に比べ、このソナタは構成的にも内容的にも一層の充実ぶりと新しい創意を示しており、より本格的なソナタを追求しようとするシューベルトの姿勢を窺わせている。とりわけ楽想の多彩さ、和声表現や転調の生み出すデリケートな表情の変化などに、彼らしいロマン的美質が発揮されており、さらに2つの楽器の密な絡み合いも図られている。なお出版は生前になされず、彼の死後20年以上もたった1851年になされた。
 第1楽章(アレグロ・モデラート)はソナタ形式で、叙情美を湛えた楽想がシューベルトらしい。第2楽章(スケルツォ、プレスト)は快活で諧謔的なスケルツォ。メロディアスなトリオが対照される。第3楽章(アンダンティーノ)はロンド風の形式のうちに簡素な主題が変奏される緩徐楽章で、和声の変化や転調がデリケートな表情を作り出す。第4楽章(アレグロ・ヴィヴァーチェ)は明朗なソナタ形式のフィナーレで、第1主題は第2楽章の主題と関連する。

M.ヴァインベルク:ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ト短調 op.53
 1. アンダンテ・コン・モート
 2. アレグロ・モルト
 3. アレグロ・モデラート
 4. アレグロ~アンダンテ~アレグレット

 ミェチスワフ・ヴァインベルク(1919-96)はワルシャワ生れのユダヤ系ポーランド人作曲家である。ワルシャワ音楽院で学んだが、ナチスのポーランド侵攻でソ連に亡命して作曲家として活動、ショスタコーヴィチと親交を結び、彼から大きな影響を受けることとなった。しかし戦後スターリンの反ユダヤ政策で迫害を受け、1953年には逮捕されて2か月余り監獄にぶちこまれ、同年スターリンの死去をきっかけに釈放されるなど、政治に翻弄されながら信念をもって活動を続けた作曲家だった。このヴァイオリン・ソナタ第5番は1953年釈放後に完成された曲で、苦難時にも彼を支えてくれたショスタコーヴィチに捧げられている。
第1楽章(アンダンテ・コン・モート)は悲しみを湛えた楽章で、民謡風の哀愁的な主題を持つ。第2楽章(アレグロ・モルト)は不安な動きに駆られるように発展するダイナミックな悲劇的楽章。第3楽章(アレグロ・モデラート)はショスタコーヴィチにも通じるようなシニカルなスケルツォ。第4楽章(アレグロ~アンダンテ~アレグレット)は模糊とした動きに始まり、重々しい楽想や民謡風の主題、ピアノだけで始まるフガートなど多様な発展をみせ、最後は静かに締めくくられる。

M.ラヴェル:水の戯れ ホ長調

 モーリス・ラヴェル(1875-1937)は鋭敏な感性と怜悧な知性によって独自の響きを追求し、フランス近代音楽に革新をもたらした。彼がそうした新しい響きの世界へ踏み出した初期のピアノ作品が1901年に書かれたこの「水の戯れ」である。彼自身が後に「人が私の作品に認めようとするピアニスティックな新しさすべての始まりであり、水のざわめきや泉、滝、小川などに聞こえる音楽的な音に霊感を得て作曲された」と記しているとおり、分散和音を中心とする細かい音型の反復を精妙な和声の変化に結び付けることで、水の流れときらめきの多様な諸相を捉えたこの曲は、その音語法の点でも演奏技巧の点でもピアノの新しい表現法を開拓した作品である。ある事象に喚起されるイメージを音色と響きの綾のうちに浮かび上がらせるこうした音楽のあり方は同時代のフランスの作曲家ドビュッシーに通じるものがあるが、ピアノ作品に関する限りまだこの時点ではドビュッシーはピアノによるそうした表現手法を見いだしておらず、ラヴェルは彼に先駆けてピアノによる新しいイメージ描出の世界を確立したといえよう。斬新さの一方で、均衡感覚を求める古典的側面も併せ持っていたラヴェルらしく、形式上はソナタ形式を下敷きにしている。

J. S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004より 第5曲 シャコンヌ

 ドイツ・バロックの最後期の巨匠ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)が残した無伴奏ヴァイオリンのための3曲ずつのソナタとパルティータは、本来旋律楽器であるヴァイオリンからバロック的な高度な対位法様式の音楽を引き出した点で音楽史上画期的ともいえる作品である。そのうちパルティータ(舞曲を連ねた組曲)の第2番は終楽章に置かれたこの長大な「シャコンヌ」ゆえにとりわけ有名。短い主題の和声進行に基づく変奏形式の舞曲シャコンヌの様式の可能性をたったひとつのヴァイオリンで究めた傑作で、この楽器の技巧を様々に生かしつつ多彩な変奏が鮮やかに繰り広げられる。全体に厳しい精神性を感じさせる楽章だが、それだけに途中ニ長調に転調して慰めの気分をもたらすのが効果的。全5楽章でなるこのパルティータ第2番全体の中で見ると際立って長大な楽章で、演奏時間には全曲のほぼ半分の長さを要するが、各舞曲冒頭の和声がシャコンヌ主題の和声と密接に関連するなど、全曲の有機的に繋がりが図られている点がバッハらしい。なお近年このシャコンヌがバッハの最初の妻マリア・バルバラへの追悼曲として書かれたとする説が出されたが、疑問視する研究者が多い。

文:寺西基之

V. シルヴェストロフ:独奏ヴァイオリンのための〈セレナード〉
ヴァレンティン・シルヴェストロフ(1937〜)は、キエフで生まれたウクライナの作曲家。シュニトケやペルト、グヴァイドーリナら同世代の旧ソ連出身の作曲家と並び、才能を発揮してきた。独奏ヴァイオリンのための〈セレナード〉は2009年の作品。民謡風の響きを取り入れ、簡素ながら情感あふれる旋律を紡ぎ出していく。

I. ロボダ:独奏ヴァイオリンのための〈レクイエム〉
旧ソ連構成国ジョージアの作曲家イゴール・ロボダ(1956〜)が、同国出身のヴァイオリニストであるリサ・バティアシュヴィリのため、2014年に作曲した独奏ヴァイオリンのための作品。同年のウクライナ紛争(ロシアによるクリミア併合)の犠牲者に捧げられた。ロボダはこの曲を、ドニエプル川を歌うウクライナ民謡の旋律に基づいて書いた。

文:澤谷夏樹