曲目解説【5/22 ミッシャ・マイスキー&スペシャルカルテット】 第23回別府アルゲリッチ音楽祭

J.S. バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
J.S. バッハ:無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009

 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685〜1750)の無伴奏チェロ組曲と、無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータとは姉妹作だ。バッハの妻アンナ・マグダレーナの筆写した無伴奏ヴァイオリンのほうの楽譜には、「第1部 通奏低音なしのヴァイオリン独奏曲」、「第2部 通奏低音なしのチェロ独奏曲」と明記されている。
 ヴァイオリン作品が「第1部」とされるが、どちらが先に書かれたかは定かではない。無伴奏ヴァイオリンには1720年に書かれた自筆譜が残っていて、そこにも「第1部」と表記されているから、無伴奏チェロ組曲の消失した自筆譜も「第2部」として同時に作られた可能性が高い。だから作曲時期は1720年以前までさかのぼるかもしれない。
 「組曲」とは舞曲の集まりのことをいう。バロック後期、組曲には基本の型が存在した。「アルマンド、クーラント、サラバンド、ジグ」をひとまとまりとするものだ。場合によってそこに、当世風の舞曲、風俗的小品などがいくつか加えられた。
 無伴奏チェロ組曲の6曲はこの組曲の基本型を共有している。また、冒頭には「プレリュード」を置き、サラバンドとジグの間にもうひとつ舞曲を挟みこむ。第2番の場合、それは「メヌエット」、第3番では「ブレ」である。
 「プレリュード」は前奏曲の意。アルマンド風やフランス序曲風など、さまざまな形式がある。第2番の「プレリュード」は、2拍目でねばるリズムがどこかサラバンドを思わせるが、必ずしもそこまで荘重ではない。第3番はのびのびとしたトッカータ風で、前奏曲にふさわしい。
 「アルマンド」は「ドイツ風」を意味する名前を持つ2拍子系の舞曲。中庸で遅すぎないテンポ。ドイツの庶民風ダンスが源と言われる。
 「クーラント(仏)」は「コレンテ(伊)」とも呼ばれる3拍子系舞曲。仏起源はゆっくりとしたテンポでリズム変化が頻繁に起こる。一方、伊起源のコレンテは速いテンポをとる。
 「サラバンド」はスペインないしラテン・アメリカ発祥の舞曲。3拍子系。17世紀始めには軽快なテンポだったが、中頃以降ゆったりとした速さで定着した。第2拍にねばるようなリズムを持つのが特徴。
 「メヌエット」は3拍子系のフランスの舞曲。宮廷舞踊としてたいへん愛好された。中庸か少し速いテンポ。第2メヌエットを伴うことがある。
 「ブレ」とはフランス・オーヴェルニュ起源の舞曲。軽快な速さの2拍子系で、第2ブレを伴うことがある。
 「ジグ」はイギリスまたはアイルランド起源の3拍子系の舞曲。仏系ジグは中庸な速さでフーガ風のスタイル。付点のリズムが特徴的。伊系ジーガは非常に速いテンポの12拍子。

L.v. ベートーヴェン:ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのためのセレナーデ ニ長調 作品8

 「セレナーデ」とは機会音楽のひとつで、この場合はイベントのための”賑やかし”といったところ。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770〜1827)は、セレナーデ ニ長調 作品8を、1796年から97年にかけて作曲した。7楽章構成で、最初と最後は同じ音楽の行進曲。つまり、催しの“主役”の入退場に花を添えるというわけだ。
 第1楽章は先述の通り「マーチ」。第2楽章は「アダージョ」で、演奏3者の役割分担がはっきりしている。ピツィカートのチェロ、重音のヴィオラ、旋律的なヴァイオリンといった具合に。第3楽章「メヌエット」を挟んで、第4楽章として短調の「アダージョ」が続く。面白いのは「アダージョ」の情緒を断ち切るように「スケルツォ」が突如あらわれる点。やがて「アダージョ」に戻るが、この“変わり身”は新機軸と言ってよい。
 第5楽章は「ポーランド風のアレグレット」。18世紀、ポーランド風の音楽は西欧で、異国情緒をくすぐる題材としてもてはやされた。当時のウィーンでも聴衆の人気をさらったはずだ。主題と変奏の形を取るのが第6楽章。18小節のテーマに4つの変奏が続く。3つの楽器が交代で主役を務めるのが聴こどころとなっている。最終楽章は再び「マーチ」で、“退場曲”として作品全体を締めくくる。

L. ボッケリーニ:チェロ協奏曲 第6番 ニ長調 G. 479

 チェロ奏者として活躍していたルイージ・ボッケリーニ(1743〜1805)は、作曲家でもあった。その作品群を見る限りボッケリーニは、親指奏法にそうとう長けた人物であったらしい。これは、ネックの裏側に構える親指を指板側に持ち出して、弦を押さえるのに使う技法。1730年代から使用する演奏家が増え、40年代には一般化し、各地に名人が現れた。高音域を発音できるようになるので、まさに独奏向けのテクニックだ。
 この作曲家は11曲のチェロ協奏曲を残した。パリで70〜71年に出版した4曲(G. 477、479〜481)は、とりわけバロックの香りを残している。ニ長調G. 479 はそのうちの1曲である。
 作品は3つの楽章からなる。第1楽章、明るく響くニ長調と、溌剌とした主題とが、あい和している。先ほど触れた通り、高音域のすばやい動きに、親指奏法の技を聴くことができる。 なめらかに上下する歌うような旋律の第2楽章を経て、第3楽章は舞曲「ジグ」風の音楽の運び。これはバロック期以来、協奏曲終楽章の定石だ。つねに刻み続けられる8分音符が、楽章を前に進める推進力となっている。

文:澤谷夏樹