【日時】 2022年7月17日(日) 開場14:30 開演15:00 終演17:00(予定)
【会場】 別府市 /しいきアルゲリッチハウス・サロン
【出演】 三浦謙司(ピアノ)



J・S・バッハ 協奏曲 ニ短調 BWV974
J. S. Bach Konzert d-Moll BWV974

 ドイツ・バロック音楽に最後の高みを築いたヨハン・セバスティアン・バッハ(1685−1750)はヴァイマルの宮廷に仕えていた時期(1708−17)に、領主の甥のヨハン・エルンスト公子の依頼で、様々な作曲家によるイタリア様式の協奏曲をチェンバロやオルガンの独奏用に編曲した。本日の協奏曲もそのひとつで、イタリアの作曲家アレッサンドロ・マルチェッロ(1684−1750)のオーボエ協奏曲ニ短調を原曲とするもの。この原曲は、かつてはアレッサンドロの弟ベネデット作のオーボエ協奏曲ハ短調とも、ヴィヴァルディの作のオーボエ協奏曲ともいわれた。いかめしい主題(原曲ではオーケストラ)と動きの多い楽句(原曲ではオーボエ)が交替する第1楽章に始まり、叙情的な旋律が歌い紡がれるアダージョ(映画「ヴェニスの愛」にも用いられ有名になった)を挟んで、最後は活発なプレストのフィナーレで閉じられる。



F・J・ハイドン:ソナタ第50番 ニ長調 op.30-3 Hob.XVI:37
F.J.Haydn: Klaviersonate Nr.50 D-Dur op.30-3 Hob.XVI:37


 しばしば古典派様式の完成者ともいわれるように、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732−1809)はいわゆる古典派のスタイルの確立に多大な貢献をなした。ソナタのジャンルにおいても、初期から多数の作品を手掛けながら新しい様式の可能性を様々に探っている。このニ長調ソナタは1780年に出版されたもので(正確な作曲年は不明)、中期を代表するソナタのひとつである。ロココ風の優雅さを持つが、古典様式が究められ、成熟した展開書法がみられる。生気に満ちたソナタ形式のアレグロ・コン・ブリオ、バロック風の厳粛な趣を持つラルゴ・エ・ソステヌート、軽快なロンド形式のプレスト・マ・ノン・トロッポの3つの楽章からなっている。



J・S・バッハ:幻想曲とフーガ イ短調 BWV904
J.S.Bach: Fantasie und Fuge a-Moll BWV904

 バロック時代のドイツの鍵盤曲の代表的なスタイルのひとつに、幻想曲や前奏曲あるいはトッカータといった自由な形式による即興性の強い楽曲を、厳格な対位法によるフーガと結び付ける形のものがあった。バッハもこうした形の鍵盤作品を多数書いており、本日のこのイ短調の曲もそのひとつ。作曲年代は明らかではなく、別々に作曲したものをあとで結び付けたのではないかとも考えられているが、前半の幻想曲は和声的な書法に貫かれた厳粛な趣を持っており、主要な主題が接続的な間奏部分を挟みながら何度か循環的に現れるという形式をとっている。後半は4声のフーガで、力強い第1の主題が展開された後、半音階的な第2の主題による緊張に満ちた発展が続き、最後はこれら2つの主題が結合されて堂々たるクライマックスを築く。



F・メンデルスゾーン:厳格なる変奏曲 ニ短調 op.54 U156
F.Mendelsshon: Variations sérieuses d-Moll op.54 U156

 1888年から89年にかけてドビュッシーは、さまざまな刺激を存分に受け取りながら、日々を過ごしていた。いずれの年もバイロイトを訪問し、ワーグナーの楽劇を体験した。1889年のパリ万国博覧会では、ジャワのガムランに耳を傾け、その音楽に魅せられる。同じころ文学方面で作曲家の心を捉えていたのは、ヴェルレーヌの詩集『艶やかなる宴 Fe^tes galantes』だ。ドビュッシーはこの詩集に基づいて、のちにいくつかの作品を生み出すこととなる。そのうちピアノ曲として実を結んだのが《小組曲》だ。
 作曲は1888年から89年にかけて。4曲からなる。第1曲〈小舟にて〉と第2曲〈行列〉はいずれも、ヴェルレーヌの『艶やかなる宴』所収の詩に基づく。第3曲〈メヌエット〉の旋律は、ドビュッシーの歌曲《艶やかなる宴》(詩・バンヴィル)からの自家転用。第4曲〈バレエ〉は詩集と特段のつながりを持たないが、作品を締めくくるにふさわしい華々しさを持つ。
 そもそもヴェルレーヌの詩も、18世紀の画家ヴァトーの絵に触発されたもの。雅宴画《シテール島の巡礼》に見られる船や水辺の風景、貴族の正装、貴婦人のロングドレス、男女の戯れ、従者のおしゃべり……。こうしたロココ的な表象をドビュッシーは、音楽で描き出している。



J・S・バッハ:イタリア協奏曲 へ長調 BWV971
J.S.Bach: Italienisches Konzert f-Dur BWV971

 この作品は協奏曲とはいってもチェンバロ独奏用の作品で、1735年出版の『クラヴィア練習曲集第2部』に収められている。バッハはバロックの様々な楽曲様式を別の楽器や形態のために応用していくことでバロック様式を総合した作曲家だが、この作品でも当時のイタリアの独奏協奏曲の様式を1台のチェンバロで見事に具現化している。本日最初に聴いた協奏曲ニ短調での同様の試みの成果が、ここではオリジナル作品として生かされているといえよう。第1楽章とプレストの第3楽章では総奏部分と独奏部分が交替するイタリア協奏曲の原理を独奏のみで巧みに実現する一方、中間の第2楽章では旋律のカンタービレを生かすといった急緩急の楽章構成も、イタリアの協奏曲のスタイルに則ったものである。緊張に満ちた発展が続き、最後はこれら2つの主題が結合されて堂々たるクライマックスを築く。



F.リスト:イゾルデの愛の死(原曲 R.ワーグナー) S.447 R.280
F.Liszt: Isoldes liebestod (R.Wagner) S.447 R.280

 伝統的なオペラの様式を打破し、総合芸術としての楽劇を確立したドイツのリヒャルト・ワーグナー(1813−83)は19世紀の音楽史を大きく変革した改革者だった。中でも楽劇『トリスタンとイゾルデ』(1865年初演)で開拓された大胆な和声表現は伝統的な機能和声の崩壊の契機となる。フランツ・リスト(1811−86)も語法面で無調音楽を先取りする領域にまで踏み込んだ革新的な作曲家で、『トリスタンとイゾルデ』から大きな影響を与えられたことは間違いない。そのリストがこの楽劇の幕切れの「イゾルデの愛の死」をピアノ用に編曲したのは1867年のことで、原曲に忠実な編曲ながら、冒頭に導入部として、同じ楽劇の第2幕の愛の2重唱から「愛の死を憧れる」ことを歌う一節を引用している。



I.ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの3楽章
I.Stravinsky: Trois Mouvements de Pétrouchka

 イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882−1971)はロシア出身の作曲家で、当初は師のリムスキー=コルサコフの影響下に出発したが、ロシア・バレエ団のディアギレフの依頼で書いた3つのバレエ音楽『火の鳥』『ペトルーシュカ』『春の祭典』の作曲を通して従来の音楽語法を根本的に覆す前衛的な作風を究めていく。そのうちの『ペトルーシュカ』(1911)は、謝肉祭の日の見世物小屋における魂を持った人形たちの物語を、ロシア的色彩を生かした絢爛たる管弦楽法、複調、複雑なリズムなどを用いて描いた作品だ。当初ピアノ協奏曲として構想されたことからバレエ音楽自体ピアノが活躍するものとなっているが、1921年ストラヴィンスキーはピアニストのアルトゥール・ルービンシュタインの要請で改めてこのバレエの抜粋をピアノ独奏用に編曲した。『ペトルーシュカからの3楽章』と題されたこの編曲版は、ピアノの鮮やかな技巧を生かした華麗な曲となっており、謝肉祭の日に人形たちが踊る「ロシア舞曲」、踊り子にペトルーシュカが愛の告白をする「ペトルーシュカの部屋」、謝肉祭の賑わいを描く「謝肉祭の市場」からなる。



解説:寺西基之

※曲目、演奏順、演奏者等は変更になる可能性がございますのでご了承ください。



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