【日時】 2022年5月26日(木) 開場18:30 開演19:00 終演20:00(予定)
【会場】 大分市 / 平和市民公園能楽堂
【出演】 マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、伊藤京子(ピアノ・おはなし)



J・S・バッハ《イギリス組曲》第3番 ト短調 BWV808より ガヴォット
J. S. Bach "Gavottes" from English Suite No.3 in g minor, BWV808

 「イギリス組曲」(BWV806〜811)は6曲からなる。6曲はいずれも、プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、ギャラントリー(当世風舞曲)、ジグの枠組みをとる。ギャラントリーにはブレ、ガヴォット、メヌエット、パスピエのいずれか1種類を置く。いずれの組曲も大規模なプレリュードをもっていて、そのことが「イギリス組曲」の雄渾な性格を決定づけている。
 フォルケルは『バッハ伝』に「この作品はある高貴なイギリス人のために書かれたため、この名前を持つ」と書いた。「イギリス組曲」はおおむね筆写譜で伝世するが、その多くは高音部譜表にト音記号を使う、当時のイギリスの記譜法をとっている。なかには、この名前を明記する筆写譜もあることから、早い段階から流布したニックネームだったようだ。
 さて、第3番ト短調のギャラントリーはガヴォットである。ガボットとは「フランス・ガープ地方の」を意味する名称の2拍子舞曲。ロンド(同じテーマが何度も回帰する形式)や、繰り返しのある二部形式をとる。第2ガヴォットを伴うことがある。
 第3番の第2ガヴォットには「ミュゼット」(バグパイプ)との但し書きが残る。ト音を奏し続けることで、バグパイプの効果を出している。



D・スカルラッティ ソナタ ニ短調 K.141/L.422
D. Scarlatti Sonata in d minor, K.141/L.422

 イタリアで活躍していたドメニコ・スカルラッティ(1685〜1757)に1719年、転機が訪れる。この年、ローマでの仕事を辞めてリスボンに行き、ポルトガル王の宮廷礼拝堂の楽長に就任したのだ。ここでの仕事は王の子供たちに鍵盤楽器を教えること。生徒のひとり、王女マリア・バルバラは音楽の才能に恵まれていたという。
 このアリア・バルバラとスカルラッティの主従関係は、作曲家の死まで続いた。マリア・バルバラは1728年、スペイン王太子フェルナンドとの結婚のため、マドリードに移る。スカルラッティは侍従のひとりとして同行。以後、この地でマリア・バルバラに仕え、作曲に健筆をふるった。
 イベリア半島に移った1720年代以降、スカルラッティはその環境を活かして555曲の鍵盤独奏ソナタを生み出していく。マリア・バルバラの堅固な雇用の下、他の欧州世界から隔絶されたイベリア半島で、それまでに手に入れた音楽語法とこの半島に特有の音風景とを結びつけ、それを極めて抽象的な枠組みである「単一楽章の鍵盤独奏ソナタ」として結実させた。
 K.141/L.422では同音連打の支配的な部分と下行音形の支配的な部分を経た後、両者が同時進行する部分に入る。後半は同音連打と同時進行の部分からなる。  



W.A. モーツァルト アンダンテと5つの変奏曲 ト長調 K.501
W. A. Mozart Andante and Variations in G major, K.501

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756〜91)にとって1786年は、ピアノの年だった。協奏曲に関して言えば、K.488(第23番)、K.491(第24番)、K.503(第25番)の3つを完成させた(その他、多数の断片が残る)。三重奏曲・四重奏曲をはじめとする室内楽曲・器楽曲も多い。
 協奏曲は自作を自演する演奏会の花形演目、室内楽曲・器楽曲は楽譜出版の売れ筋商材だった。4手連弾のピアノ曲は、商材の中でも特にもてはやされたもののひとつだ。実際、この年2曲書いた連弾曲はいずれもすぐに刊行されている。
 アンダンテと5つの変奏曲 ト長調 K.501はそのうちの1曲。作曲家は当初、2台のピアノのためにこの作品を構想したが、みずからの手で1台のピアノのための4手連弾作品へと書き換えた。使用楽器の少ないほうが家庭音楽として実現しやすい。実現しやすい形のほうが、楽譜の売れ行きがよい。モーツァルトはこの作品を、アートとしても売り物としてもしっかりと“磨き上げた”というわけだ。
 前半8小節、後半10小節をそれぞれ繰り返してアンダンテの主題を示してから、5つの装飾的な変奏に進む。



C. ドビュッシー 小組曲
C. Debussy (1862-1918) "Petite Suite" for piano four hands

 1888年から89年にかけてドビュッシーは、さまざまな刺激を存分に受け取りながら、日々を過ごしていた。いずれの年もバイロイトを訪問し、ワーグナーの楽劇を体験した。1889年のパリ万国博覧会では、ジャワのガムランに耳を傾け、その音楽に魅せられる。同じころ文学方面で作曲家の心を捉えていたのは、ヴェルレーヌの詩集『艶やかなる宴 Fêtes galantes』だ。ドビュッシーはこの詩集に基づいて、のちにいくつかの作品を生み出すこととなる。そのうちピアノ曲として実を結んだのが《小組曲》だ。
 作曲は1888年から89年にかけて。4曲からなる。第1曲〈小舟にて〉と第2曲〈行列〉はいずれも、ヴェルレーヌの『艶やかなる宴』所収の詩に基づく。第3曲〈メヌエット〉の旋律は、ドビュッシーの歌曲《艶やかなる宴》(詩・バンヴィル)からの自家転用。第4曲〈バレエ〉は詩集と特段のつながりを持たないが、作品を締めくくるにふさわしい華々しさを持つ。
 そもそもヴェルレーヌの詩も、18世紀の画家ヴァトーの絵に触発されたもの。雅宴画《シテール島の巡礼》に見られる船や水辺の風景、貴族の正装、貴婦人のロングドレス、男女の戯れ、従者のおしゃべり……。こうしたロココ的な表象をドビュッシーは、音楽で描き出している。



解説:澤谷夏樹

※曲目、演奏順、演奏者等は変更になる可能性がございますのでご了承ください。



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