I ブラームス・ブラームス ー そしてドビュッシィ!

 チョン・ミョンフンはピアニスト出身の指揮者だから、マルタ・アルゲリッチと組んでの連弾でも元気いっぱいに特有の音楽的エネルギーを放射していた。確かに日本の同世代の指揮者にはめずらしい個性と才能だ。最初のブラームス、『ハンガリー舞曲』の第二番から、率直ないい雰囲気の音楽が会場に流れる。次は第四番、そしてあの第五番!いわゆるウィーン流のハンガリー情緒が中途半端に纏わりつかないのはよかったが、それでもブラームスはブラームス ー そのコクを求める向きには物足りないところもあったろうけれども。
 でもそれは、『ハイドン変奏曲』のピアノ(2台)版で、もっと望まれることだったかも知れない。この名曲をオーケストラ版で知る耳には、連弾の響きにどうしてもブラームスの管弦楽の、豊麗と変幻の窮みを求めてしまう。しかしブラームス、ピアノも連弾も達人だったから、この自作自編のピアノ版も並大抵ではない。聴きこむほどに、これがオリジナルかと感心するようなデテールも発見されるのだ。今度の演奏にも時にそういう細部が素敵に響いていた。各部分の対照は、いっそう鮮やかに打ち出して欲しかった。
 私はこの作品に、「南に憧れた北の人」を強く感じてしまうのだ。ウィーン古典派のハイドンを地にとったことがもう、ハンブルグ出身の作曲家にとっては南だが、その先にまだイタリアがある!指揮者のオトマール・スイトナーさんがいつか言っていた ー 「ある変奏ではくっきり古典的で、南国の光が輝いたかと思うと、次はパッと変わって、白樺の森に霧が立ち込めるような!」ー そう、スイトナーさんはティロル人、南北を隔てる高地のひとだった。ブラームスはヨーロッパのそういう対照的な風土性を包括的に捉えた最初の大作曲家だったかも知れない。

 連弾と言えば ー ローベルト・シューマンは十八歳の日記に記している。「四つ手の演奏は心のデュエットとなる。」この頃のシューマンは大学生仲間で連弾やピアノトリオ、ピアノクワルテットなどを楽しんでいた。シューベルトの連弾ポロネーズ愛奏の結果、八曲の連弾ポロネーズが作曲された。作品番号つきの後の作品の中にも、ピアノ連弾のための曲はかなり多い。(このコンサートで、一曲も聴かれなかったのは残念ですが。)
 ピアノ連弾を「心のデュエット」というシューマン的観点からすれば、アルゲリッチ伊藤京子によるドビュッシィの『小組曲』はまさにひとつの宝石だった。シューマンからドビュッシィへと流れる線は、「子供の情景」から「チルドレンス・コーナー」へのそれをはじめとして、実はまだかなりある。このこよなくフランス的に美しい「小さい」組曲も ー 「小舟にて」−「行列」−「メヌエット」−「バレエ」ー それぞれにロマン的でかつ古典的な、『音楽の瞬間たち(シューベルト!)』であるといえよう。溌剌たるエレガンスは生粋のドビュッシィだが ー しっくりと息の合ったアンサンブル表現を張りながら、趣味のよい知的な抑制をきかせるこういう素敵な演奏で聴くと、メンデルスゾーン・シューマン以来の『無言歌』の伝統までが、ピアノの響きをふくらませて来るようだ。


 II ひたむきにブラームス!『ピアノトリオ第一番ロ長調 作品8』

若きブラームス最初の室内楽で、その「疾風怒濤時代(ヴェルテル時代)」を代表するといってもよいこの力作は、1853年から54年にかけて、二十歳初めの若さで書かれた。デュッセルドルフにシューマン夫妻を訪れた結果が音楽の内容に直接に表れている。しかも今回の演奏は、後年58歳の改訂版(1891ジムロック)ではなくて、最初のヴァージョン(1854年ブライトコップ・ウント・ヘルテル)によると謳っている。それならばこの演奏会で唯一、「シューマン関係」を包摂するブラームスが聴けるかと期待した。まさにその要素が後年の改訂では切り詰められたのだったから。つまり長大な第一・第四楽章は思い切って短縮され、明らかにシューマン夫妻を指し示す大事なデテールがカットされた。逆に言えば、最初のヴァージョンでの演奏には、そういうシューマンエピソードの復活と積極的な解釈が当然期待される。
 チョン・ミョンフン(Pf)を中心にキム・スーヤン(Vl)ユンソン(Vc)と韓国の俊英が奏でるこのブラームスは、この期待とはやや別の方向にではあったが、きわめて高水準の、充実した結果を出していた。第一楽章は正面攻法の力演。若きブラームス特有のひたむきな情熱が、ピアノ主導の見事な迫力で展開する。スケルツォは軽快にアダージョは入念に ー とはいえブラームスの旋律は、もうひとつ深い詩的な源泉から歌いだして欲しい ー そしてフィナーレは、これも弛みない力演!ただし上述の《シューマン関連》に焦点を当てた解釈では、なぜか、なかった。それはそれでよいとも言えるが、この作曲家を中心においた今年の音楽祭のアウフタクトとしては、正直いささか残念に思う。
 ちなみにシューマンと言えば、本格的ピアノトリオはニ短調、ヘ長調、ト短調と三曲あり、特に第一番は充実した書法に覇気溢れる力作で、力量あるアンサンブルの挑戦を待っている。昨年ギドン・クレーメルとヴァイオリンソナタ第二番の名演を披露したアルゲリッチ音楽祭ならばこそ、こういうリクエストを述べることも許されるだろう! (ウィーンにて)




別府アルゲリッチ音楽祭
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